<   2005年 03月 ( 4 )   > この月の画像一覧

失踪 3



 軽快な着メロが流れ出した。
 二葉は携帯電話を手にすると、相手を確認した。
 覚えのない番号に、そのまま放っておくことにした。しばらくすると留守電話サービスに切り替わる。
 いったん静かになった携帯電話であったが、着メロがまた流れ出す。見てみると、同じ番号が表示されていた。
 二葉は眉を顰めた。
 忘れているだけで、知っている人なのかもしれないと思い出してみる。
携帯電話にかけてくるときは、ほとんどの人が携帯電話からだ。固定電話でかけてくるのは珍しい。知り合いの電話番号は固定も携帯も一通り登録してある。
 もし、知り合いからだとすれば、親しくない必要のない人、かかわりたくない人ということだ。
 出るのが嫌だなぁと思った。
 携帯電話からだったら絶対出ないけど、固定電話はもしかすると緊急の用なのかもしれない。
 病院とか、警察とか…。
 二葉は自分の考えに震えた。
 主人に何かあったのかもしれない!
「もしもし…」
 慌てて電話に出た二葉の声は掠れていた。
『もしもし』
「はい。どちらさまですか?」
『突然申し訳ございません。私、一瀬と申します』
 相手は男だった。
 何を言われるのかと二葉は構える。
『実は、妻を捜しておりまして…』
 予想外のことを突然言われ、二葉は唖然とした。
『手がかりを探しておりましたら、こちらの番号を妻の持ち物から見つけまして、何か知っているのではないかと…』
「あの…、突然そのようなこと言われても…」
『すみません』
「一瀬さんとおっしゃいましたよね」
『はい。一瀬です。妻は、裕子といいます』
 知らないかと問われたが、二葉には一瀬裕子という名に覚えはなかった。さらに特徴を言われたが、聞いた限りでは該当する知り合いもいない。
「ごめんなさい。お役に立てなくて…」
『いいえ、そんな…』
 男の声は、落胆を隠し切れないものだった。
 非礼とお礼を述べる男に、慰めの言葉をかけて電話を切ろうしたが、思いがけない言葉で出来なくなった。
『あっ、四方堂鷹臣さんはご存知ありませんか?』
 二葉の心臓がドクンと大きく跳ねた。
「四方堂さんですか? 知っております」
『……知っているのですね』
「ええ、友人の元、旦那ですけど…」
 この男はいったい何を言い出すのだ。
 どのような言葉が飛び出してくるのだ。
 緊張のために心拍数が速くなる。
『四方堂さんから連絡はありませんでしたか?』
「それは…奥様のことと関係があるのですか?」
『わかりません。――彼も失踪しておりまして、時期が一緒なものですから…。もしかしたらと思いまして』
 二葉は自分の心臓の音しか聞こえなくなった。その音に交じって、意味として捉えられない言葉が脳の中を駆け巡る。
 喉の渇きを覚え、目の前にあったマグカップに手を伸ばした。その手は震えており、二葉は自分が激しく動揺していることに気が付いた。
 落ち着かなきゃ…。
 落ち着かないと…。
 二葉は深呼吸をしながら自分に言い聞かせる。
 落ち着くのだ。
 大丈夫、落ち着けば大丈夫。
 呼吸を整えると、震えも止まっていた。
「それは、関係がまったくないとは言い切れませんね。四方堂さんのこともありますし、私の方でも聞いてみますわ」
『お願いできますか』
「ええ、私に出来ることでしたら…」
『ありがとうございます』
「いいえ、礼には及びません。四方堂さんは全く面識のない人ではありませんから…。ですから、四方堂さんのことも含めて、詳しく教えていただけますか」
 二葉は動揺をひた隠し、話を洩らすことのないよう聞いた。


次へ

戻る

目次
[PR]
by 1000megumi | 2005-03-31 13:02 | 小説 失踪(完結)

失踪 2



「いいえ。愛人の一人かもしれないと思っただけです」
 遥の言葉に隆志は衝撃を受けた。
 それは嫉妬とも侮蔑とも区別のつかない感情であった。
 何人も女が相手にしてくれる。
 妻がいながら浮気をする。
 あの男に罪悪感はないのだろうか。
「その…、他の女性のところには…」
 遥は首を振った。
 カップに手を伸ばすと、取っ手をなぞり始めた。
「知っている人には連絡したのですが、知らないと…。他にも愛人がいるのかもしれないと思って、探偵事務所に調べてもらったら、奥様のことが…」
 返す言葉がなかった。
 裕子に男がいるのは知っていた。その相手が四方堂鷹臣という名であることも、顔も肩書きも知っていたが、隆志は気づかないふりをしてきた。
 裕子との接点が見つからず、間違いではないかと認めたくなくて、何か理由があるのではないかと期待して、問いただすことも確かめることもせず、事実から目を逸らしていた。
 その結果が、コレだ。
 どうすればいいのだろう。
 事実から逃げ出していると思われるかもしれないが、考える時間が欲しい。
「連絡先を…。何かわかったら連絡しますから」
 隆志は名刺を取り出すと、携帯電話の番号を書き込み遥に渡した。
「四方堂さんも、何かわかったら連絡ください」
 遙から連絡先のメモを受け取ると、挨拶もそこそこに別れた。

 残業を放り出して帰宅した隆志は、裕子の持ち物を漁りだした。
 以前見かけた写真が気になる。
 女性のバストショットで、裏に電話番号らしきものが書かれてあったはずだ。
 一度、それを手にしながら裕子が電話していたことがある。内容はよくわからなかったが、行動が謎めいて印象に残っていた。
 相手に何か言いながら、微かに笑みを浮かべていた。それはなんとも言い難い笑みであり、裕子のそんな顔は今まで見たことのない表情であった。
 俺の知らない顔がここにあると、あの時は思っただけであったが、今考えると意味深な笑みで、今回のことも何らかの関係があるのではないかと勘繰ってしまう。
 少なくとも隆志の知らない相手が、隆志の知らない表情をさせた相手であるということだ。そして、その相手は隆志の知らない裕子を知っているということだ。
 いなくなった裕子は、隆志の知らない裕子だ。
 隆志の知っている裕子は、無責任に突然いなくなるような人ではなかった。例え浮気していようが、妻として体裁を保つために最低限のことはしていた。
 裕子は気にしない女ではなかった。
 世間を気にしない女ではない。人一倍気にする女だ。
 隆志は世間を気にする裕子しか知らなかった。全てを放り出すような、無責任な裕子は知らない。
 知らない相手。知らない表情。知らない裕子。
 知らない表情をさせる、知らない相手なら、隆志の知らない裕子を知っているのかもしれない。
 あの女性、あの時の電話の相手なら、裕子の行方を知っているかもしれない。そんな期待が隆志にはあった。

 見つかった写真の裏には携帯電話の番号が書かれてあった。
 いざ手にすると、気持ちが萎えた。
 子供じゃないのだからわかっているはずだ。周りに迷惑や心配をかけることくらい。探してどうなる? 見つけ出して理由を問いただしても惨めになるだけじゃないか。
 覚悟の上で失踪しているのだから、そっとしてあげればいい。
 もっともらしい理由をこじつけて事実から逃げ出そうとする弱気な隆志を、もう一人の隆志が叱咤する。
 おまえには知る権利がある!
 ああ、そうだ。俺には知る権利がある。だが、知ってどうなる? 事実を知り、それからどうしたい? 
 俺は裕子のことをどうしたいのだろう。
 写真を握り締めたまま、長いこと隆志は考え込んだ。
 答えはなかなか出ず、時間だけが過ぎてゆく。


次へ

戻る

目次
[PR]
by 1000megumi | 2005-03-26 20:04 | 小説 失踪(完結)

宗教&信仰心



宗教って何? 信仰心って何? と、思うことがありました。

知り合いの家で不幸がありました。
キリスト系のある宗派を信仰している親戚が、宗教が違うことを理由にお通夜と葬儀の出席を断ってきたと言います。
知り合いからその話を聞いて、私は何て心の狭い人だろう。何て心の狭い宗教なんだろうと思わずにはいられません。

私は宗教は言葉や形が違っていても、根っこの部分はみな同じだと思っています。

   祖先を供養し、親に感謝し、目上を敬い、人に優しくあれ

中には違う宗教もあるでしょうが、大概このようなことは必ず言われてきているのではないでしょうか。

キリスト教における隣人愛
イスラム教における喜捨
仏教における慈悲

この三大宗教の教義は、私には同じように思えます。
違うのは発祥した地域に、もとももあった文化が異なるために生じた差ではないかと…。

神の前ではみな平等で、神は等しく慈しんでくださるというのであれば、宗教の違いにこだわることもないと思います。
神は何と説いているのですか?
相手が受け取った感情を想像すれば、教えに反しているか否か、わかるのではないのでしょうか?
[PR]
by 1000megumi | 2005-03-25 18:08 | エッセイ

失踪 1



 窓から暗闇を見つめていた遙に表情はなかった。生気のない何を考えているかわからない顔。
 小さなため息を一つこぼし、思いを振るい払うかのように遙は勢いよくカーテンを閉めた。
 暗闇は隠され、遙に表情が戻った。

 平日のお昼時とあって、ビジネス街にある喫茶店は満席状態であった。
 遙はひとつのテーブルに隆志と向き合っていた。初対面の挨拶を済ませた後、二人の間には会話がない。お互いに言いたいこと聞きたいことはあったが、何から話したらいいのかわからなかった。
 遙の前に置かれたコーヒーは空になっている。
 隆志は店員にコーヒーのお替りを頼んだ。
 話を先送りしたくて、しかし、間が持たなくて、何かしなくては平常心を保つことが出来ない。二人とも無意味に指先で弄んでいる。
 遙はカップの取っ手を触り弄っていた指先を握り締めると、決心したように顔を上げた。
「奥様のことでお聞きしたいことがあります」
「裕子のことですか…」
 ジッポの蓋を開け閉めしていた隆志の手が、中途半端なまま止まった。
 遙の表情は硬かったが、隆志も表情が硬くこわばっていた。連絡を貰ったときに大概の予想はついていたが、面と向かって問いただされるのは辛い。
「はい。奥様は今、どちらにいらっしゃるのですか?」
「…………」
 隆志は答えられなかった。
 答えたくても答えられなかった。裕子がどこにいるのか、隆志は知らないのだ。隆志の方が聞きたいくらいだ。
「居場所は、知りません」
「そう、ですか…」
 遙の呟きは店内に流れているBGMにかき消されてしまい、隆志には聞こえなかった。
「ご自宅に帰ってらっしゃらないのですね?」
「……はい」
「いつ頃から…?」
 隆志は答えるのが辛かった。
 いや、答えることが辛いのではなく、事実を受け入れるのが辛い。
 極力見ないように、考えないようにしていたが、そんなこともいっていられないだろう。裕子が帰ってこなくなったのは紛れもない事実で、こうして目の前に遙がいるのは、そのことについて確認したいことがあるからだ。互いに、その事実を受け入れなくてはならない。
「二十二日の朝、姿を見たのが最後です」
「私が…主人を最後に見たのは、同じ、二十二日の朝です。仕事に出掛けるのを見送って、それっきり…」
 掠れる声は、裕子を責めているようにも聞こえた。
 やっぱりと、隆志は思った。しかし、認めたくない気持ちがある。いろいろな思いが絡み合って冷静でいられなかった。 
「それは、妻がかかわっていると言いたいのですか?」
 営業をやっているだけあって、内心の動揺が表れることはなかった。
 隆志はそんな自分がおかしかった。
 嘘をついていると、どこに自分の本心があるのかわからなくなる。
 本当に裕子のことを心配して気にかけているのか。捨てられたことを悲しんでいるのか。諸々の感傷ではなく、ただ、体裁だけを気にしているのではないのだろうか。
 自分に問いかけてみたが、答えはみつからない。
「可能性があると、思ったので…。主人には愛人がおります」
「その愛人が、妻だと言いたいのですか?」


次へ

目次
[PR]
by 1000megumi | 2005-03-25 15:31 | 小説 失踪(完結)