桜幻 6
2005年 06月 01日
「遠い親戚とはいえ親戚なのだから、困っていたら助けてくれたっていいじゃない! 桜城家の事情を知っているのに、電話の一本寄越さないんですよ!」
「春乃、村上さんから手を離して…」
「君、落ち着いて…」
「蘭丸の薄情者! 私に魑魅魍魎妖怪変化の化け物の餌食になれって言うのッ!」
「いったんそこに座りなさい、ほら…」
「何もそこまで言わなくて…。春乃、落ち着いて。ちゃんと聞いてあげるから」
二人で宥めにかかるが春乃はますますテンションをあげていった。
「桜城家の人間なんて化け物以外の何もでもないじゃない!」
「仮にも親戚…」
「親戚だからって何よ! 知っているでしょ! あの欲塗れの俗物たち!」
「言いたいことはわかるよ」
「おい、誰か婦警呼んで来い」
「南条がそこにいますよ」
「ウソよ、わかってないッ! 連絡寄越さないくせにッ!」
「南条、頼むよ」
「そんなこと――」
「本気にしてないんでしょ!」
「お茶でも飲めば落ち着くと思いますよ」
「わかったから、落ち着いて」
「桜城家から犯罪者が出てもいいんだ! そうよね、蘭丸は桐島の人間で、桜城家は遠い親戚で、親戚ってわけじゃないからね!」
「じゃあ、コーヒーでも」
「春乃ちゃんはコーヒーは好きではありませんよ」
「おい、南条」
「大げさな…」
「大げさでもなんでもないわよ!」
春乃は爆弾発言をする。
「この間なんか、幸男叔父さまが正宗を持ち出そうとしていたのよ!」
「――――」
蘭丸の顔が引き締まった。
正宗。刀剣の名刀である。
蘭丸は春乃を引き寄せ、抱き締めた。
周りは唖然としたように、二人を見ている。
「正宗って、虎徹と並んで人気のある、正宗ですか?」
蘭丸の相棒である南条綺湖が控えめに聞いてきた。
蘭丸は苦笑しただけで答えなかった。
ぎゅっと抱き締めていた蘭丸は、背中を撫でてから春乃を解放する。
「少しは落ち着いたか?」
「ええ、まぁ」
春乃はちょっと驚いていた。
人前で抱き締められるとは思っていなかったからだ。気が殺がれる形となったが、蘭丸が本気で捉えているようなので、そのことは嬉しかった。
「で、どうなった?」
「幸男叔父さまに言ったのよ。叔父さまが持っていても、銃刀法違反で捕まるだけよって」
「それで?」
「取ったもの置いて帰るように言ったら、素直に従ったわ」
「――防犯に気をつけたほうがいいですね」
「うーん。あの家は建て替えないことには無理だな」
「有害駆除用の罠を仕掛けようかと思ったけど、買うのに有害駆除許可書が必要だったから諦めたのよね」
「物騒なもの仕掛けるなよ」
「手作りでトラップ仕掛けようかしら?」
「私有地でしたら仕掛けても…」
「おい、あやちゃん煽るなよ」
「何も盗まれていないか確認したのか?」
「ええ、毎日チェックしています。今年になってからは一応ないですね」
「今年になってからはないって、そんなに頻繁にあるのか? 桐島、何とかしれやれよ」
「そうよ。何とかしてよ」
「村上さん、口挟まないでくれ」
「可哀想じゃないか」
「とりあえず、裏庭にある金庫を動かして欲しいなぁ~」
「はぁい?」
「金庫を動かして欲しいの」
「どこにあるって」
「裏庭」
「何でそんなところにあるんだ」
「誰かが盗み出そうとして力尽きたんじゃないの?」
「…………」
蘭丸は頭を抱えてしゃがみこんだ。
「桐島」
事の成り行きを見守っていた課長が、踏ん反り返ったまま横柄に言った。
「今日は帰っていいぞ。ちゃんと相談に乗ってやれ」
「しかし…」
すくっと立ち上がり言い出した蘭丸を遮って、課長は言葉を続けた。
「とりあえず、所轄に話を通して見回りを強化してもらえ」
ラッキー♪
そんな春乃の声が聞こえそうだ思いながらも、蘭丸は上司の命令に逆らえず、同僚たちに見送られて刑事部屋を出た。
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by 1000megumi
| 2005-06-01 15:58
| 小説 桜幻(完結)