オリジナル小説&エッセイ


by 1000megumi
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失踪 1



 窓から暗闇を見つめていた遙に表情はなかった。生気のない何を考えているかわからない顔。
 小さなため息を一つこぼし、思いを振るい払うかのように遙は勢いよくカーテンを閉めた。
 暗闇は隠され、遙に表情が戻った。

 平日のお昼時とあって、ビジネス街にある喫茶店は満席状態であった。
 遙はひとつのテーブルに隆志と向き合っていた。初対面の挨拶を済ませた後、二人の間には会話がない。お互いに言いたいこと聞きたいことはあったが、何から話したらいいのかわからなかった。
 遙の前に置かれたコーヒーは空になっている。
 隆志は店員にコーヒーのお替りを頼んだ。
 話を先送りしたくて、しかし、間が持たなくて、何かしなくては平常心を保つことが出来ない。二人とも無意味に指先で弄んでいる。
 遙はカップの取っ手を触り弄っていた指先を握り締めると、決心したように顔を上げた。
「奥様のことでお聞きしたいことがあります」
「裕子のことですか…」
 ジッポの蓋を開け閉めしていた隆志の手が、中途半端なまま止まった。
 遙の表情は硬かったが、隆志も表情が硬くこわばっていた。連絡を貰ったときに大概の予想はついていたが、面と向かって問いただされるのは辛い。
「はい。奥様は今、どちらにいらっしゃるのですか?」
「…………」
 隆志は答えられなかった。
 答えたくても答えられなかった。裕子がどこにいるのか、隆志は知らないのだ。隆志の方が聞きたいくらいだ。
「居場所は、知りません」
「そう、ですか…」
 遙の呟きは店内に流れているBGMにかき消されてしまい、隆志には聞こえなかった。
「ご自宅に帰ってらっしゃらないのですね?」
「……はい」
「いつ頃から…?」
 隆志は答えるのが辛かった。
 いや、答えることが辛いのではなく、事実を受け入れるのが辛い。
 極力見ないように、考えないようにしていたが、そんなこともいっていられないだろう。裕子が帰ってこなくなったのは紛れもない事実で、こうして目の前に遙がいるのは、そのことについて確認したいことがあるからだ。互いに、その事実を受け入れなくてはならない。
「二十二日の朝、姿を見たのが最後です」
「私が…主人を最後に見たのは、同じ、二十二日の朝です。仕事に出掛けるのを見送って、それっきり…」
 掠れる声は、裕子を責めているようにも聞こえた。
 やっぱりと、隆志は思った。しかし、認めたくない気持ちがある。いろいろな思いが絡み合って冷静でいられなかった。 
「それは、妻がかかわっていると言いたいのですか?」
 営業をやっているだけあって、内心の動揺が表れることはなかった。
 隆志はそんな自分がおかしかった。
 嘘をついていると、どこに自分の本心があるのかわからなくなる。
 本当に裕子のことを心配して気にかけているのか。捨てられたことを悲しんでいるのか。諸々の感傷ではなく、ただ、体裁だけを気にしているのではないのだろうか。
 自分に問いかけてみたが、答えはみつからない。
「可能性があると、思ったので…。主人には愛人がおります」
「その愛人が、妻だと言いたいのですか?」


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# by 1000megumi | 2005-03-25 15:31 | 小説 失踪(完結)