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オリジナル小説&エッセイ


by 1000megumi
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桜幻 17

 これまで周りに気を遣って常識的なことをしていたが、もう、どうでもよかった。
 母・春菜とは分かり合えないことはわかったし、血を引いていても相成れない他人であると実感した。
 だから、遠慮はしない。
 受け入れられなければ受け入れなければいい。現実逃避でも何でもすればいい。心が壊れても、受け入れられない弱い心が問題なのだ。
 まどろっこしい方法は止めて、手っ取り早く、カタをつけることにする。
 春乃は母親と決別したのだ。

「くっ…」
 陸海の腕を取ると、春乃は捩じり上げた。
「春乃! 止めて!」
 その小さな身体のどこに力があるのだろうか。
 陸海は苦悶の表情だ。
「お願い! 止めて!」
 春菜の悲痛な叫び声を無視して、さらに力を込めた。
「ッ…」
 逃れようと陸海は足掻いたが、拘束が緩むことはなかった。足掻けば足掻くほど、ギリギリと指が食い込む。
 近くの桜の木まで無理矢理歩かせると、春乃は陸海を桜の幹に押し付けた。
「陸海社長」
 艶やかな笑顔で力を込めると、陸海の身体は桜の幹に飲み込まれた。
 顔半分と右肩、足が幹からはみ出している、現実にはありえない光景に、春菜は青ざめて立ち尽くしていた。
「気分はいかが?」
 手を離した春乃がスクスク笑いながら問いかけてくる。
 陸海は答えられなかった。
 恐怖に脅え、目を見開いて春乃を見ていたが、その瞳には何も写っていない。闇が広がっている。
 ありえないことに完全にフリーズしていた。
「ごきげんよう」
「イヤーーーーーーーッ」
 春菜の絶叫が桜林に響き渡る。
 それが、陸海が最後に聞いた声だった。
 陸海を飲み込んだ桜は、枝先に蕾をつけ、膨らむ。
 陸海の身体はみるみる肉が削げ落ち細くなる。
 膨らんだ蕾は開花し、枝を薄紅色に霞ませた。
 幹から引きずり出しされた陸海は、骨と皮に成り果てていた。まるでミイラだ。
 その上に、陸海から吸い上げた栄養で咲いた桜の花びらが、ハラハラと舞い落ちた。

「凄いものを見ちゃったなぁ」
 座り込んで呆然と涙を流す春菜の後ろから現れたのは、杉原とその父親の部下。
「いつから見ていたのかしら?」
 笑顔の春乃は凄みを増していた。
 これが春乃の本質なのか…と、杉原は見つめた。
(敵にはしたくないなぁ)
 かなう相手ではない。逆なでするようなことはするべきではないだろう。
 杉原は春乃の隣に立つと、靴の先で陸海を突っ突いた。
「これどうする? こっちで始末しようか?」
 杉原の申し出に少し警戒心を解いて首を振った。
「あてがあるのか?」
「考えがあるの」
「おまえの考えって恐ろしそう」
「あら? 楽しい考えよ。センセーショナルでマスコミが飛びついて、お茶の間の話題提供」
 瞬時にクールダウンした春乃の笑顔は、いつもの笑顔で杉原はホッとした。
 ほどなくして呼び出されてやってきた狭間に、誰にも見咎められず、社長室の椅子に陸海を座らせてくるように春乃は指示した。
 ミイラのように骨と皮の固まりなり軽くなった陸海を担ぎ上げて、狭間は去った。
「で、今後の予定は?」
「もちろん、水ノ宮の理事たちを変死させつつ、陸海の家に戸籍謄本片手に乗り込む」
「戸籍謄本片手に?」
「遺産ちょーだいって、ね」
「遺産って…」
「陸海に認知されているから」
「…………マジかよ」
 ため息とともに脱力した杉原を春乃はじぃーっと見つめた。
「何?」
「平然としているなぁと思って。普通、ヒクでしょ?」
「そりゃ~、愛でしょ」
「ふーん、愛ねぇ」
 いったん流したが。
「愛ぃぃぃぃぃ?」
「そこまで驚くことないだろっ」
「ある意味、豪胆? 無謀? 悪趣味?」
「おまえなぁ~」
 言いかけたが杉原は何も言わずに、春乃の髪の毛をぐしゃぐしゃとかき混ぜた。




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# by 1000megumi | 2008-10-06 10:04 | 小説 桜幻(完結)

桜幻 16

 春乃が指定した場所は、華櫻の桜林。
 輝く月明かりで真夜中でも明るい。
 感心なことに陸海のほうが先に来ていた。
「ごきげんよう。陸海社長」
「用件を聞こうか…」
 疲れた顔は緊張で強張っている。
 くすくす笑いながら春乃は近づく。
「契約破棄をする決心が付いたのか聞きたくて…」
「何度も言ったはずだ。断るッ」
 追い詰められているわりには強気な発言であった。
 あはははははっ。
 突如、春乃は腹を抱えて笑い出した。
「やーだ、本気で言っているの?」
 笑いを収めるとバッグから書類を無造作に取り出した。
「陸海グループのデータ。取引先企業や個人の情報。これ、欲しい人に売ってもいいのかしら? 私はどちらでもかまわないけど?」
「君だったのか…。データを盗んだのは」
「ええ、頼んだら快く引き受けてくださったわ」
「社員をたぶらかさないで欲しいね」
「見放されているだけじゃないの? 私のせいにしないで欲しいなぁ」
 データ流出は陸海グループの信用を損なうものだ。陸海が把握している限りでも大量で重要なデータが含まれている。世間に知れ渡れば株価は大暴落するであろう。グループ全体の危機である。
「これはほんの一部よ」
 春乃は勝利を信じて疑わなかった。
 さすがにこれだけのものを持ち出されたら、膝を屈しないわけにはいかない、それだけの威力のあるものだ。
 しかし、春乃の予想を裏切って、陸海はすぐに応じなかった。
 何がおかしいのか、微かに笑ってさえいる。
 それに違和感を覚え、どこかで間違えたかと危惧がさざなみのように広がる。
 春乃の心に呼応するかのように、風に揺れる桜の枝が唸りをあげてしなった。
「で、どうするの?」
「残念だよ。データの流出は痛いが、私にはどうにも出来ない。権限がないからね」
 春乃は訝しがった。
「理事長を退任した。よって華櫻の件は私の手が離れたことになる」
「何ですって!」
 思いがけない陸海の切り返しに、予定を変更しなくてはならない。
 今夜でケリをつけるつもりでいたが、陸海から離れてしまったら一からやり直しだ。
 陸海の時と同じ攻め方をしても時間を浪費するだけだ。効率よく、ここからチェックメートするにはどうしたらいいのだろう。
 春乃はフル回転で作戦を練り直す。
「さて、どうする?」
 嘲笑うように陸海が聞いてくる。
 それが春乃の癇に障る。
 いっそうのこと常識を捨ててしまおうかと春乃は思った。今までまどろっこしくても常識の範囲で攻めを展開していたが、それらを捨ててしまおうかと。
 だか、それは最後の手段だ。他に打つ手がなかったら、それで華櫻の土地を取り戻す。
「さぁ、どうする?」
 追い詰めるように陸海が聞いてくる。
 春乃は静かに対峙していた。
 風は梢を打ち鳴らし二人を包んでいたが、侵入者の音も運んできた。
 春乃の方が先に気づき、校舎の方へと視線を向けた。それにつられて陸海が見やると、一人の女性が姿を現した。
 春乃と瓜二つの春菜だ。
 陸海ほどではないが、春菜も疲れた顔していた。それは儚げな雰囲気であった。
「春乃。もう、止めてちょうだい…」
 声を絞り出し、娘に懇願した。
「馬鹿なこと言わないで。桜城家は華櫻の土地を守らなくてはならない」
 ゆるぎない声に、春菜は悲しそうな目を向けた。
 その眼差しは、春乃の心に届かない。
 かえって桜城家の在り方を理解していないことに腹立たしさが募り、同じ桜城家の血を引いていることに疑問を感じた。
「いいのよ。私の代までで十分よ。春乃は自由にしていいの」
「お母さまは全然わかっていないのね」
「わかってないのは春乃の方だわ。悪しき習慣だって気づいていない…」
 春乃は大きなため息をついた。
 わかっていたとはいえは、あきれ返って言葉が出てこない。常々、娘の言動から目を逸らしている節はあったが、ここまで過去の言動を否定されていたのかと、これが母親なのかと思うと、今回の件も気をつかって常識的な範囲で進めていたのが阿保らしく思える。無駄な努力をしたものだ。
「お母さまには悪しき習慣に見えるのでしょうけど、私には日常なのよ。気づいていないとかの問題じゃないの。私が見ているもの、聞こえているものが、周りに見えないし聞こえないから気づかっているのよ。それに気づいていないのが、お母さま。ホント、桜城家の直系なのに素質がないなんて、お祖母さまもさぞかし苦労したことでしょうね」
 春乃と春菜では見ているものが違う、聞いているものが違う。だから同じ桜城家の血を引きながら理解しあえないのかもしれない。
 祖母の判断は正しかったと、春乃はつくづく思った。
「違うの! 縛られて欲しくないの!」
「何が違うのかしら? もっとも何を言ったところで、見えているものが違うから平行線のままでしょうね。それも気づかなくて?」
「確かに私には見えないし聞こえないわ。でも、貴女の母親なの。貴女のことを大切に思っているの。貴女には幸せになって欲しいの。貴女の子供にも、孫にも、幸せになって欲しい。誰かが断ち切らないと子孫代々、縛られ続ける。桜城家にも桜塚家にも縛られて欲しくない。春乃には、いにしえに縛られず、自由に生きて欲しい!」
「全然わかっていないのね。お母さまはいつもそうよ。私の言葉を信じたことなかったわ。いつも否定していた。いつまでもそんなこと言う私を気味悪がっていた。だから、近寄らなかった。私のことを守ってくれなかった。守ってくれたのは、いつも桜よ。お母さまじゃないわ。たとえ見えなくなっても、聞こえなくなっても、私を守ってくれた桜たちを、私は守る!」
 春乃は宣言すると陸海に近づいた。



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# by 1000megumi | 2007-11-24 17:26 | 小説 桜幻(完結)

桜幻 15

 それから二週間後には、週刊誌にデカデカと記事が載っていた。
『陸海商事、ヤクの運び屋に転落か?』
 社員が輸入品に混ぜて薬物を運んでいる、売人として売りさばいている社員もいるという内容が、商談している様子の写真とともに掲載されていた。手元の拡大写真は、粉末らしきものが入っている袋を渡しているところがしっかりと写っていた。一部の社員とはいえ組織化されているようで、上層部も深くかかわっているようだと締めくくっている。

 春乃は記事を読んでほくそ笑んだ。
 社員が渡しているような解説になっているが、実際には社員が受け取ろうとしている写真だ。
 酔いに任せて受け取ってしまった者もいるが、キッパリ断わった者もいる。受け取ってしまったものはヤクザの餌食になることだろう。
 何人が人生を狂わせることになるのだろうか。
 絵図を描いた春乃の心には痛みはなかった。
 春乃にとって桜城家が最優先である。あの土地を守ることが最大で最低限の、桜城家の跡取りとしてするべきことである。
(あの土地は守らなくてはならない。眠りを妨げないためにも…)
 校舎裏の桜たちに思いを馳せた。

 陸海は疲れていた。
 陸海も陸海グループも不運、不祥事続きである。
 春乃とのラブホテルでの密会は罠だったらしく、陸海は脅迫されている。脅迫されるようなことは何もなかったが、写真からそうとしか見えない。その写真は週刊誌に出回っているらしく、買い取れと話がいくつかあった。
 他には総会屋の存在。これは脅迫元と同じであろう。M&Aの動き。データ流出の疑い。
陸海商事社員による不祥事。陸海建設は訴訟を起こされ、マスコミに取り上げられている。秘書はダブルブッキングし、相手に迷惑をかける。
 不祥事があるせいか仕事がうまく取れなくなっている。この二ヶ月で、グループ利益が三十四パーセントも落ちていた。
 政治家にも見放されている節がある。誰かの根回しがあったようだが、これも脅迫元と同じかもしれない。
 全てが春乃の起こしたこととは思えないが、華櫻にヤクザの息子がいることは調べが付いているので、可能性はゼロではない。
 もし、華櫻の土地に手出さないと言えば、この一連の不運・不祥事から解放されるのだろうか。
 もう、疲れたと、全てを放り出してしまいたくなる。

 華櫻では春乃が杉原と付き合っていると噂が流れているらしく、温室に杉原が来ると皆そそくさと出て行ってしまう。
 気をつかっているのか、巻き込まれたくないのか、微妙なところだろう。
 春乃には最強と言わしめた笑顔が絶えることがなかった。
「ここまで見事にパーッと消えられると嫌われているような気がしてくるな」
「今まで好かれていたと思っていたの?」
 春乃は上機嫌で紅茶を入れていた。
「……今後の予定は?」
 杉原の言う今後とはもちろん陸海のことだ。
 付き合っているという噂が流れているが二人の関係は変わることなく、首謀者と共犯者の関係である。
「いいものが手に入ったのよね~」
 カップ越しに見つめる春乃の笑顔は恐いくらい妖しく、杉原は背中にゾクゾクと悪寒が走り冷や汗が吹き出た。
「どうする気だ?」
 恐いと思いながらも聞かずにはいられない。
 かかわってしまった以上、最後まで見届けるべきであろう。いまさら、春乃が恐ろしいからと降りるわけにいかない。きっと春乃がそれを許さないはずだ。
 ヤクザと呼ばれる人間を幾人も見てきた。ボーダーラインにいる人間を、超えてしまった人間を幾人も見てきた。だから杉原はわかる。春乃は超えてしまっていると。そして、全てが計算されていると。
「チェックメートするわ」
 春乃の声は穏やかであった。


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# by 1000megumi | 2007-06-22 16:29 | 小説 桜幻(完結)

悪女 2

 取調室は湿った匂いが漂っていた。それだけで気が滅入りそうになる。
 綺湖は容疑者の前に立つと、柔らかな声音で言った。
「こんにちは。これから私が担当することになりました。南条綺湖です。むさ苦しいのに囲まれるのは嫌でしょう? 男性出入り禁止にしたの。気楽にしてね」
 やつれた顔で、綺湖を見上げていた。
 何も、言葉はない。
 机を挟んで綺湖は椅子に座った。
「何から聞こうかしら? 今まで聞かれたことと同じ事を聞くと思うけど、気を悪くしないでね。答えたくなかったら、答えなくてもいいの。黙秘権というものがあるから…」
 伸びた前髪が陰を作り、表情をわかりにくくしている。
「まず、名前は?」
「──和田奈津美」
「奈津美ちゃんね、年齢は?」
「──十七」
「高校二年生ね」
「……」
「部活はしていた?」
「──吹奏楽部」
「何を担当していたの?」
「──フルート」
「いいわね、フルート。友達はたくさんいた?」
「─それなりに…」
「仲のいい子は?」
「──いたけど…」
「何でも相談できた?」
「………」
「何でもってことはないか。秘密の一つや二つ、あってもおかしくないものね」
「………」
「──奈津美ちゃん。友達にも言えない、家族にも言えない、あなたの秘密、私に話す気ない? 少しは気が楽になるかもしれないわよ」
「………」
「もし、言ってもいいかなって思ったら、話せる範囲でいいから聞かせてね」
「………」
「質問の続きね。学校は楽しかった?」
「──部活は大変だけど楽しい」
 それから事件には触れず、奈津美の日常生活に関して質問し続けた。
 奈津美は淡々と、そして、時折楽しそうに話した。

 休憩を何度か挟んで、その日の取調べが終わると、笠間がせっかちに聞いてきた。
「どうだ? 落とせるか?」
「まだ、なんとも…」
「なんだぁ。おまえでも無理か…」
 どうしてこう、早急に答えを出したがるのだろう。綺湖が男だったら笠間の言い方も、変わっていたに違いない。
 男社会というより、個人の性格によるものだろう。しかし周りにいる男性は、心の狭い偏見に満ちた思考の持ち主が多く、綺湖はうんざりしていた。
 女というだけ、見下ろされる。
 女は、バカで、感情的で、理性がなく、図太く、そのくせ庇護される立場だと思い込んでいる。見栄えのいいほうがよくて、頭より顔で、顔より身体で、判断する。
 バカなのは、男たちのほうだ。
 その時女が、何を考えていたのか、何を感じていたのか、考えようとしない。
 男は、アホで、動物的で、理性がなく、多くのモノを要求する。繊細なフリして無神経で、自分たちの欲望を棚に上げて、男は外見より心だと豪語する。
「笠間さんは…」
「ん?」
 綺湖はイヤミが言いたくなった。
 たとえ通じなくても。
「カウンセリングの勉強をした方がいいですよ。もしくは、心理学を」
 あからさますぎて、効果覿面。
 笠間はムッと、口をへの字にした。



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# by 1000megumi | 2006-12-27 16:29 | 小説 悪女(連載中)

桜幻 14


 気持ちを落ち着かせるように杉山は紅茶に手伸ばした。おもむろに一口飲むと、春乃は杉原の意図に気づき、椅子に座りなおして紅茶を飲み始めた。
「俺のハメたってのは、セックスしたって意味だったんだが…」
「私は罠に嵌めたって意味で言ったのよ」
「そっか。悪かった」
 謝ってから、違う意味でよかったと素直に言った。
 その言葉に含まれている意味を春乃は気づいているのだろうか。
 相変わらずな態度で受け流している。
「で、お願いの件はどうかしら?」
「――どーゆー絵図をかいているんだ?」
「とりあえず、恐喝してプレッシャーかけて、その後にマスコミに流す。ダメかしら?」
「このネタはそれでいいかもしれないが、全体の絵図は?」
「内緒」
「おい、それないだろう。協力者だぞ」
「どれも似たようなものよ。身動き取れなくなるように、マスコミやネット使って情報を流す。陸海だけではく、その周りも含めてね。いずれ陸海の協力者がいなくなって孤立するでしょう」
 当たり前のように言うが、ネタがそれだけあるのだろうか。
 疑問であったが、ネタは作ろうと思えばいくらでも作れる。今回のネタとて春乃が嵌めたのだ。陸海は隙が多いってことだろう。
「わかった。協力するから一人で抱え込まないで相談しろよ」
「ありがとう」
 素直に礼を言う春乃は、最強と言わしめた笑顔であった。

 じっと蘭丸は春乃を見つめた。
 いつからこんな悪事を働くようになったのだろうか。
 頼まれたからといって協力している蘭丸も十分に悪事を働いている。しかし蘭丸は、春乃のことを憂いても、自分のしていることに罪悪感はなかった。
 もともとの性格もあったが、警察内部が腐っているのも良心を咎めない一因である。
「陸海がこんなことに嵌まるとは思えないけどな…」
「嵌めるのは陸海じゃないの。だから、大丈夫」
「そうか…」
「この間のことで警戒しているから、違う人にするの」
「ターゲットは決めてあるのか?」
「商事の社員なんてどうかしら? ほら、海外出張も多いでしょうし、出張先で好奇心で手を出して…っていうのはどうかな?」
「無難な展開だ」
「でしょ?」
「どうやって嵌めるんだ?」
「杉原さんに頼んだの」
「杉原?」
「そう、華櫻の生徒で富樫組系列組長の息子」
「大丈夫なのか? ヤクザが絡んだら厄介だぞ」
「いいのよ。陸海から毟り取れるだけ毟り取ればいいわ。それにね、この間ので恐喝してもらっているから、すでにかかわっているのよね」
 知らないうちにどんどん進めてしまう春乃が心配になってしまう。違う道をずんずん進んでいるような、手が届かないところに行ってしまうような気がして、自然とため息がこぼれた。
「頼んだのは持ってきてくれた?」
「ああ。くれぐれも好奇心で手を出すなよ」
 念押ししてから蘭丸は内ポケットから紙袋を取り出した。
 受け取った春乃は中を確認した。
 小さなビニール袋に入った白い粉と錠剤、茶葉のような黒茶色した塊。
「これって何?」
「錠剤は合法ドラックとして大量に出回ったヤツだ。アンフェタミン系だから覚せい剤の一種だな。今は流通していないようだが…」
「で、こっちは?」
「ハッシュ、麻薬だ。粉末はヘロイン。それは純度が高いぞ」
 選り取り見取りだろうと、悪びれる様子もなく言う。
 蘭丸が持ってきた薬物は警察が押収し保管しているものだ。それを春乃に頼まれて掠め取ってきた。
「保身は用意してあるのか?」
 蘭丸の質問に春乃は肩を竦めただけで答えなかった。
 その様子に蘭丸は不安になる。
 杉原が陸海に喰らい付いているときはいいが、春乃にまで食指を伸ばされたらたまらない。
 春乃は考えているのだろうか。
 ヤクザが絡むとどうなるか。骨の髄までむしゃぶりつかれることを…。
 幕引きはどうするつもりだ?
 蘭丸には春乃が何を考えているのかわからなくなっていた。



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# by 1000megumi | 2006-11-27 15:16 | 小説 桜幻(完結)