桜幻 17
2008年 10月 06日
これまで周りに気を遣って常識的なことをしていたが、もう、どうでもよかった。
母・春菜とは分かり合えないことはわかったし、血を引いていても相成れない他人であると実感した。
だから、遠慮はしない。
受け入れられなければ受け入れなければいい。現実逃避でも何でもすればいい。心が壊れても、受け入れられない弱い心が問題なのだ。
まどろっこしい方法は止めて、手っ取り早く、カタをつけることにする。
春乃は母親と決別したのだ。
「くっ…」
陸海の腕を取ると、春乃は捩じり上げた。
「春乃! 止めて!」
その小さな身体のどこに力があるのだろうか。
陸海は苦悶の表情だ。
「お願い! 止めて!」
春菜の悲痛な叫び声を無視して、さらに力を込めた。
「ッ…」
逃れようと陸海は足掻いたが、拘束が緩むことはなかった。足掻けば足掻くほど、ギリギリと指が食い込む。
近くの桜の木まで無理矢理歩かせると、春乃は陸海を桜の幹に押し付けた。
「陸海社長」
艶やかな笑顔で力を込めると、陸海の身体は桜の幹に飲み込まれた。
顔半分と右肩、足が幹からはみ出している、現実にはありえない光景に、春菜は青ざめて立ち尽くしていた。
「気分はいかが?」
手を離した春乃がスクスク笑いながら問いかけてくる。
陸海は答えられなかった。
恐怖に脅え、目を見開いて春乃を見ていたが、その瞳には何も写っていない。闇が広がっている。
ありえないことに完全にフリーズしていた。
「ごきげんよう」
「イヤーーーーーーーッ」
春菜の絶叫が桜林に響き渡る。
それが、陸海が最後に聞いた声だった。
陸海を飲み込んだ桜は、枝先に蕾をつけ、膨らむ。
陸海の身体はみるみる肉が削げ落ち細くなる。
膨らんだ蕾は開花し、枝を薄紅色に霞ませた。
幹から引きずり出しされた陸海は、骨と皮に成り果てていた。まるでミイラだ。
その上に、陸海から吸い上げた栄養で咲いた桜の花びらが、ハラハラと舞い落ちた。
「凄いものを見ちゃったなぁ」
座り込んで呆然と涙を流す春菜の後ろから現れたのは、杉原とその父親の部下。
「いつから見ていたのかしら?」
笑顔の春乃は凄みを増していた。
これが春乃の本質なのか…と、杉原は見つめた。
(敵にはしたくないなぁ)
かなう相手ではない。逆なでするようなことはするべきではないだろう。
杉原は春乃の隣に立つと、靴の先で陸海を突っ突いた。
「これどうする? こっちで始末しようか?」
杉原の申し出に少し警戒心を解いて首を振った。
「あてがあるのか?」
「考えがあるの」
「おまえの考えって恐ろしそう」
「あら? 楽しい考えよ。センセーショナルでマスコミが飛びついて、お茶の間の話題提供」
瞬時にクールダウンした春乃の笑顔は、いつもの笑顔で杉原はホッとした。
ほどなくして呼び出されてやってきた狭間に、誰にも見咎められず、社長室の椅子に陸海を座らせてくるように春乃は指示した。
ミイラのように骨と皮の固まりなり軽くなった陸海を担ぎ上げて、狭間は去った。
「で、今後の予定は?」
「もちろん、水ノ宮の理事たちを変死させつつ、陸海の家に戸籍謄本片手に乗り込む」
「戸籍謄本片手に?」
「遺産ちょーだいって、ね」
「遺産って…」
「陸海に認知されているから」
「…………マジかよ」
ため息とともに脱力した杉原を春乃はじぃーっと見つめた。
「何?」
「平然としているなぁと思って。普通、ヒクでしょ?」
「そりゃ~、愛でしょ」
「ふーん、愛ねぇ」
いったん流したが。
「愛ぃぃぃぃぃ?」
「そこまで驚くことないだろっ」
「ある意味、豪胆? 無謀? 悪趣味?」
「おまえなぁ~」
言いかけたが杉原は何も言わずに、春乃の髪の毛をぐしゃぐしゃとかき混ぜた。
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母・春菜とは分かり合えないことはわかったし、血を引いていても相成れない他人であると実感した。
だから、遠慮はしない。
受け入れられなければ受け入れなければいい。現実逃避でも何でもすればいい。心が壊れても、受け入れられない弱い心が問題なのだ。
まどろっこしい方法は止めて、手っ取り早く、カタをつけることにする。
春乃は母親と決別したのだ。
「くっ…」
陸海の腕を取ると、春乃は捩じり上げた。
「春乃! 止めて!」
その小さな身体のどこに力があるのだろうか。
陸海は苦悶の表情だ。
「お願い! 止めて!」
春菜の悲痛な叫び声を無視して、さらに力を込めた。
「ッ…」
逃れようと陸海は足掻いたが、拘束が緩むことはなかった。足掻けば足掻くほど、ギリギリと指が食い込む。
近くの桜の木まで無理矢理歩かせると、春乃は陸海を桜の幹に押し付けた。
「陸海社長」
艶やかな笑顔で力を込めると、陸海の身体は桜の幹に飲み込まれた。
顔半分と右肩、足が幹からはみ出している、現実にはありえない光景に、春菜は青ざめて立ち尽くしていた。
「気分はいかが?」
手を離した春乃がスクスク笑いながら問いかけてくる。
陸海は答えられなかった。
恐怖に脅え、目を見開いて春乃を見ていたが、その瞳には何も写っていない。闇が広がっている。
ありえないことに完全にフリーズしていた。
「ごきげんよう」
「イヤーーーーーーーッ」
春菜の絶叫が桜林に響き渡る。
それが、陸海が最後に聞いた声だった。
陸海を飲み込んだ桜は、枝先に蕾をつけ、膨らむ。
陸海の身体はみるみる肉が削げ落ち細くなる。
膨らんだ蕾は開花し、枝を薄紅色に霞ませた。
幹から引きずり出しされた陸海は、骨と皮に成り果てていた。まるでミイラだ。
その上に、陸海から吸い上げた栄養で咲いた桜の花びらが、ハラハラと舞い落ちた。
「凄いものを見ちゃったなぁ」
座り込んで呆然と涙を流す春菜の後ろから現れたのは、杉原とその父親の部下。
「いつから見ていたのかしら?」
笑顔の春乃は凄みを増していた。
これが春乃の本質なのか…と、杉原は見つめた。
(敵にはしたくないなぁ)
かなう相手ではない。逆なでするようなことはするべきではないだろう。
杉原は春乃の隣に立つと、靴の先で陸海を突っ突いた。
「これどうする? こっちで始末しようか?」
杉原の申し出に少し警戒心を解いて首を振った。
「あてがあるのか?」
「考えがあるの」
「おまえの考えって恐ろしそう」
「あら? 楽しい考えよ。センセーショナルでマスコミが飛びついて、お茶の間の話題提供」
瞬時にクールダウンした春乃の笑顔は、いつもの笑顔で杉原はホッとした。
ほどなくして呼び出されてやってきた狭間に、誰にも見咎められず、社長室の椅子に陸海を座らせてくるように春乃は指示した。
ミイラのように骨と皮の固まりなり軽くなった陸海を担ぎ上げて、狭間は去った。
「で、今後の予定は?」
「もちろん、水ノ宮の理事たちを変死させつつ、陸海の家に戸籍謄本片手に乗り込む」
「戸籍謄本片手に?」
「遺産ちょーだいって、ね」
「遺産って…」
「陸海に認知されているから」
「…………マジかよ」
ため息とともに脱力した杉原を春乃はじぃーっと見つめた。
「何?」
「平然としているなぁと思って。普通、ヒクでしょ?」
「そりゃ~、愛でしょ」
「ふーん、愛ねぇ」
いったん流したが。
「愛ぃぃぃぃぃ?」
「そこまで驚くことないだろっ」
「ある意味、豪胆? 無謀? 悪趣味?」
「おまえなぁ~」
言いかけたが杉原は何も言わずに、春乃の髪の毛をぐしゃぐしゃとかき混ぜた。
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by 1000megumi
| 2008-10-06 10:04
| 小説 桜幻(完結)