桜幻 14
2006年 11月 27日
気持ちを落ち着かせるように杉山は紅茶に手伸ばした。おもむろに一口飲むと、春乃は杉原の意図に気づき、椅子に座りなおして紅茶を飲み始めた。
「俺のハメたってのは、セックスしたって意味だったんだが…」
「私は罠に嵌めたって意味で言ったのよ」
「そっか。悪かった」
謝ってから、違う意味でよかったと素直に言った。
その言葉に含まれている意味を春乃は気づいているのだろうか。
相変わらずな態度で受け流している。
「で、お願いの件はどうかしら?」
「――どーゆー絵図をかいているんだ?」
「とりあえず、恐喝してプレッシャーかけて、その後にマスコミに流す。ダメかしら?」
「このネタはそれでいいかもしれないが、全体の絵図は?」
「内緒」
「おい、それないだろう。協力者だぞ」
「どれも似たようなものよ。身動き取れなくなるように、マスコミやネット使って情報を流す。陸海だけではく、その周りも含めてね。いずれ陸海の協力者がいなくなって孤立するでしょう」
当たり前のように言うが、ネタがそれだけあるのだろうか。
疑問であったが、ネタは作ろうと思えばいくらでも作れる。今回のネタとて春乃が嵌めたのだ。陸海は隙が多いってことだろう。
「わかった。協力するから一人で抱え込まないで相談しろよ」
「ありがとう」
素直に礼を言う春乃は、最強と言わしめた笑顔であった。
じっと蘭丸は春乃を見つめた。
いつからこんな悪事を働くようになったのだろうか。
頼まれたからといって協力している蘭丸も十分に悪事を働いている。しかし蘭丸は、春乃のことを憂いても、自分のしていることに罪悪感はなかった。
もともとの性格もあったが、警察内部が腐っているのも良心を咎めない一因である。
「陸海がこんなことに嵌まるとは思えないけどな…」
「嵌めるのは陸海じゃないの。だから、大丈夫」
「そうか…」
「この間のことで警戒しているから、違う人にするの」
「ターゲットは決めてあるのか?」
「商事の社員なんてどうかしら? ほら、海外出張も多いでしょうし、出張先で好奇心で手を出して…っていうのはどうかな?」
「無難な展開だ」
「でしょ?」
「どうやって嵌めるんだ?」
「杉原さんに頼んだの」
「杉原?」
「そう、華櫻の生徒で富樫組系列組長の息子」
「大丈夫なのか? ヤクザが絡んだら厄介だぞ」
「いいのよ。陸海から毟り取れるだけ毟り取ればいいわ。それにね、この間ので恐喝してもらっているから、すでにかかわっているのよね」
知らないうちにどんどん進めてしまう春乃が心配になってしまう。違う道をずんずん進んでいるような、手が届かないところに行ってしまうような気がして、自然とため息がこぼれた。
「頼んだのは持ってきてくれた?」
「ああ。くれぐれも好奇心で手を出すなよ」
念押ししてから蘭丸は内ポケットから紙袋を取り出した。
受け取った春乃は中を確認した。
小さなビニール袋に入った白い粉と錠剤、茶葉のような黒茶色した塊。
「これって何?」
「錠剤は合法ドラックとして大量に出回ったヤツだ。アンフェタミン系だから覚せい剤の一種だな。今は流通していないようだが…」
「で、こっちは?」
「ハッシュ、麻薬だ。粉末はヘロイン。それは純度が高いぞ」
選り取り見取りだろうと、悪びれる様子もなく言う。
蘭丸が持ってきた薬物は警察が押収し保管しているものだ。それを春乃に頼まれて掠め取ってきた。
「保身は用意してあるのか?」
蘭丸の質問に春乃は肩を竦めただけで答えなかった。
その様子に蘭丸は不安になる。
杉原が陸海に喰らい付いているときはいいが、春乃にまで食指を伸ばされたらたまらない。
春乃は考えているのだろうか。
ヤクザが絡むとどうなるか。骨の髄までむしゃぶりつかれることを…。
幕引きはどうするつもりだ?
蘭丸には春乃が何を考えているのかわからなくなっていた。
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by 1000megumi
| 2006-11-27 15:16
| 小説 桜幻(完結)