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オリジナル小説&エッセイ


by 1000megumi
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失踪 11



 大木は二本、並んでいた。
「これが、四方堂のご神木だ。夫婦木でね、左側が男木で右側が女木だ」
 左側の男木の方が大きく、張り出した太い枝が一本、右側の女木に飲み込まれている。
 厳かであった。
 但し、神社に行くと感じるあの厳かさとは違う厳かさである。人間は俗物であるから、清浄が恐くも感じる。清められた神社特有の、清浄も厳かもない。この恐さは、それとは違う相成れないものだ。まったく別の質があった。
 空気が澱んでいると、二葉は感じた。
 時折風が吹き抜けるが、じっとりとまとわり付くような不快感がある。
 こんな所にいたくない。
 凛を連れて、帰りたい。
「凛は?」
 用件を済ませたくて、早々に尋ねた。
 ここに来ることになったきっかけは鷹臣の失踪であったが、二葉には鷹臣のことはどうでもよかった。凛のことが重要なのだ。
 凛はここにいる。
 絶対にここにいる。
 二葉は自分の直感が正しいと信じている。
「――凛、ね…。案内するよ」
 こっちだ、と言う鷹臣の後についていく。
「ここはね、さっきのご神木を中心に八方に支柱があり、その支柱が結界を作っているんだ。二葉が入って生きたのは南、午の方角だ」
 木々の間を潜り抜けて歩く。
 二葉は空を見上げ、太陽の位置から向かっている方角を推測すると、厭な予感にとらわれた。
 向かっている方角は、北東。
 艮の方角。
 つまり、鬼門だ。
 ザワザワと得体の知れない不可解なものが競り上がってくる感覚がする。
 澱んだ空気が重苦しく纏わりつき、息苦しい。
 帰りたい。
 こんな所には一秒たりともいたくない。
 不意に緑が途切れ、開けた空間が出現した。
 その空間は、二葉がくぐってきた南・午の石支柱のように、中心に石支柱が二本立っている。
しかし、午の石支柱とは違い、この艮の石支柱は人の形をしていた。
「左側が凛だ」
 鷹臣の言葉に、二葉はふらふらと左側の石支柱に近づく。
「そんな…」
 呟きは風に掻き消されるほど小さく、誰の耳にも届かなかった。
 凛の面影を残す、石支柱の顔。丸み帯びたライン。
 首をかしげている少女のような、風情漂う石の彫刻のようだ。
「凛…?」
 二葉は、触れた。
 頬に触れ、輪郭を辿る。
「なぜ…? ウソ、でしょう?」
「嘘じゃない…」
 同じように頬に触れ輪郭を辿った鷹臣の手は、二葉の手を捕らえた。
「これが凛だ」
「嘘よ!」
 認めたくなくて、否定して欲しくて二葉は叫んだ。
「凛じゃない! 凛は生きている!」
 そう、生きている。
 凛は生きている!
 二葉はこの石支柱に触れて、なぜか凛が生きていると確信した。
「二葉…」
 鷹臣は耳元で優しく囁く。
「これが凛だ。そして、生きているよ」
 掴んだ二葉の手を勢いよく石支柱に押し込んだ。
 ぐにゅう。
 手は硬いはずの石支柱にめり込む。
 信じられなくて二葉は振り返った。
 そこには、穏やかに微笑んでいる鷹臣の顔。
 しかし、目だけは笑っていなかった。今ままで見てきたことのない目。冷たくバカにしているような目。
 これが鷹臣の本性なのだろうか。
「この間の百鬼夜行で結界が傷んでいてね、補強するのにちょうどいい」
 二葉の肩を掴み。
「凛と一緒にいるといいよ」
 にこやかな笑顔のまま、力を込めた。

 遥はハッとしたように顔を上げると、空を見上げた。
 ジッとある一点を見つめていたが、ため息をつきながら視線を戻した。
 そしてやるせなさそうに呟く。
「私は絶対に、あそこには行かないわ…」



 後日、加賀美から失踪した妻の行方の問い合わせがあった。



                                        END


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by 1000megumi | 2005-04-10 22:08 | 小説 失踪(完結)