オリジナル小説&エッセイ


by 1000megumi
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桜幻 11



 それにしても何かが引っ掛かる。
 彼女は私にどうしろと言いたいのだろうか? 彼女は何を望んでいるんだろうか?
「君は言ったね。華櫻と契約を済ませれば何も心配することはないと。つまり、華櫻と契約を済ませれば、私の好きにしていいということだ。違うかね?」
(今日はこれで終わりだな)
 春乃は外を見たまま口の中で呟いた。
 陸海も必死ね。そんなにお母さまを助けたいのかしら? 私はお母さまがどうなろうとかまわないけど…。
「今日はこれで失礼します」
 颯爽とドアまで歩き、芝居掛かった仕草で立ち止り振り向いた。
「近いうちに素晴らしいプレゼントをお届けしますわ」
 春乃は蠱惑的な微笑を張り付かせていた。

 二日後の午後三時頃。
 速達と赤いハンコを押された郵便物が陸海の元に届いた。
 表には細い几帳面な字で、住所と会社名、それから陸海代表取締役殿と書かれてあった。
 裏には『桜』と書かれていた。
 封筒の中身は書類だった。その表紙には『雪村明博に関する報告書』と書かれており、その内容は陸海との係わり合いを重点的にまとめてあった。雪村は現在の建設大臣である。陸海と雪村はあることが発覚すれば、仲良く塀の中へ押し込められる関係だ。
 一通り目を通した陸海は書類を引き出しにしまうと電話に手を伸ばした。
「狭間を寄越してくれ」
 すぐに狭間はやって来た。
「お呼びでしょうか?」
「先日の少女を覚えているな?」
「桜城春乃ですね」
「そうだ。悪いが調べてくれ。彼女の交友関係は特に念入りに」
「わかりました」
「狭間。このことは内密だ。いいな」
「はい」
 直立不動で答える狭間に一つ頷くと、狭間は目礼して部屋を出て行った。
 陸海は引き出しから先程の書類を取り出し、また読み始めた。
 すると、内線のコールが鳴り響いた。
 三回目で受話器を取り上げた陸海は、それを聞いて一瞬顔色を変えた。
『いかがいたしましょう』
「つないでくれ」
 何の迷いもなく陸海は言った。
 後に引けない。
 陸海にはこれだけは譲れないものがあった。
 それを守るために、自分は動き出したのだから、たとえ人に何と言われようと、たとえどんなことになろうと、止められない。
 敵対するのが自分の娘であっても、愛しいあの人の娘であっても。
(自分は戦うのだ)
 相手を子供だと思わない。自分の娘とも。情けをかければ、こちらがやられる。相手は自分と同じだ。弱いところを平気で攻める。弱点を見逃すほど甘くない。これは遊びじゃない。ビジネスだ。
『陸海社長ですか?』
「ああ、そうだ」
『プレゼントは気に入っていただけましたか?』
「悪いが私は忙しい身でね。用件だけいってくれないか?」
 くすくすと笑い声だけがした。
 小バカにしているような、とても楽しそうな笑い声。
 その声が止むと。
『陸海社長。私がどこから電話をかけているかわかりますか?』
「――――」
『ここからは社長の姿がよくみえますわ』
 暑くもないのに陸海の額に汗が浮かんできた。
『ただし、後姿ですけど…』
 向かいのビルか…。
 向かいのビルのどこにいる。
『狭間には私のことを調べるように命令したようですけど、無駄なことをしますね』
「――――」
『それより、またお会いしたいのですが、よろしいですか?』
「――――」
『だんまり、ですか? それはそれで私は別にかまわないけど…。陸海社長にはお金と地位と権力がありますが、それを失ったら、貴方の大切な人を守ることが出来なくなると思いますよ。よく考えてください。――また、お会いしたいのですが、都合の方はいかがですか?』
「いろいろ忙しくてね。来週の木曜日ならいくらか空いているが」
『来週の木曜日ですね。時間は?』
「八時過ぎなら…」
『八時過ぎですね。携帯電話はお持ちですよね。来週の木曜日、八時過ぎに連絡入れます。ごきげんよう』
 陸海の返事を聞かずに、電話は一方的に切れた。


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by 1000megumi | 2005-08-26 20:29 | 小説 桜幻(完結)