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オリジナル小説&エッセイ


by 1000megumi
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失踪 5



 一通り片付けを終えた遥は、一つの茶碗を双葉の前に置いた。 
「加賀美さんは、こちらの茶碗はどのようにみえますか?」
 茶碗の良し悪しなど、二葉にはわからない。聞かれても困るが、そのことを素直に言いたくなくて、とりあえず茶碗を手に取った。
 描かれている絵は唐子だ。唐子は吉祥を意味し、一族の繁栄を願う模様だと記憶している。
 それ以上のことは何もわからない。それでも何か感想を言うべきだと思い、言葉を捜してじっと見つめていた。
「そんなに見つめたら、唐子が恥ずかしがってしまうわ」
 笑いを含んだ遥の言葉にカチンとくる。
 そんな二葉の心情に気づかないのか、微笑んだまま遥はにじり寄った。
「楽しそうに遊んでいるに見えませんか?」
「ええ、遊んでいるように見えますけど…?」
 この人は何が言いたいのだろう?
 お茶席での茶碗の話となれば、どこの焼き物で誰の作品だの、そういった話しか思い浮かばない。
 綺麗や可愛い、伸びやかや優雅、そんな言葉で単純に済ませる話とも思えないし、遥がその程度のレベルで話をしたがっているとも思えない。バカにしているのか、それともこれからバカにされるのか。二葉を遥の言葉を好意的には取れそうにもなかった。
「この唐子たちがね――」
 遥は茶碗に手を添えた。
「――私には、動き出すように見えるの」
 くすくす笑いながら、遥が唐子を突っ突くように肩の辺りをちょっと撫でると、唐子がポンっと飛び出した。
 二葉の手の上で唐子はきょろきょろと見回して、畳の上に飛び降りた。
 これはどうゆうことだろう。
 パシパシと二葉は瞬きを繰り返す。
 唐子は動き回るうちに徐々に大きくなり、あっという間に五歳くらい子供の大きさになった。
 二葉は茶碗を握り締めたまま、固まっていた。状況を認められず、夢をみているようである。
 頭の中が真っ白になる。そこに、子供の笑い声が聞こえたように気がして、ぐにゃりと空間が歪んで見える。
 唐子はくるくる走り回り、二葉の背中に覆いかぶさってきた。
 それは、子供だった。
 重みも温もりもある、子供そのもの。
 パニックになった脳はフリーズし、目を見開いて苦しそうに二葉を呼吸していた。
 パンパンッ!
 遥が拍手を打つと、フッと重みは消え、歪んで見えていた茶室は、もとの普通の茶室に戻っていた。

 不思議な気分で二葉は帰途に着く。
 茶室での出来事は白昼夢のようで、どこまでが現実でどこからが非現実なのわからない。
 思いつめていて、現実から脱げ出したくてあのような夢を見たのだろうか。
 思い出すだけであの不思議な、曖昧でありがならしっかりと感触の残っている、現実には絶対にありえないのに、それなのに実際にあったことと思わずにはいられない、確かなものを感じさせた、あの唐子の世界に呼び戻されそうになる。
 あれは、なんだったのだろうか。
 あれが、鷹臣の失踪と関係あるというのだろうか。
 遥はいったい何を知っているのだろうか。
 二葉は鷹臣の顔を思い浮かべた。
 いつも穏やかに微笑んでいた鷹臣。
 優しげな柔和な顔立ちは、一見意思の弱い人間に思われやすい。しかし、強引であり、我慢強い鷹臣を知っている二葉には、メガネで本質を隠してしまっているように思えた。
 どこに行ってしまったのだろう。
 鷹臣さんはどこへ。
 私を置いて、どこに!
 他の女を選んだの?
 許せない。他の女を選ぶなんて…。
 鷹臣に寄り添う影が現れ、それは写真で見た裕子の姿になり、その顔がいつの間にか唐子の顔にすり替わる。
 笑い声が頭の中にグワングワンと響く。
 うはははっ。
 くすくすくす…。
 きゃははは…
 あははははっ。
 ケラケラ、ケラ…。
 うぷぷぷっ。
 ぐるぐる笑い声が渦巻く。
 息苦しくさえ感じ、二葉はその場にしゃがみこんだ。


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by 1000megumi | 2005-04-09 20:27 | 小説 失踪(完結)