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オリジナル小説&エッセイ


by 1000megumi
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失踪 4



 何故? 何故なの?
 鷹臣さんはどこに行ったの?
 私に連絡しないで、いったいどこに!
 許せない…。
 私の所ではなく他の女と一緒にどこかに行ってしまうなんて、許せないわ。
 絶対に、許さないわっ!

 茶室に通されて二葉は慣れないことに緊張した。
 作法はほとんど知らない。
 以前友人に、指輪などは外し茶碗などの道具は大切に扱うこと、それまでくつろいでいても頂くときは姿勢を正すこと、頂くときは茶碗の正面を外すことと、この三つは外せない大切なポイントだと教えてもらったことはある。それ以外もいろいろ言われたが、覚えてはいなかった。
 とりあえず、指輪は外してある。
「どうぞ、お気楽に…。足も崩してかまわないのですよ」
 崩していいと言われたからと言って、足を崩して座ることは出来なかった。
 茶室にいるという緊張感はもちろんある。しかしそれ以上に、鷹臣の妻である遥と対峙していることの緊張が大きい。
 隙を見せたくないと、鷹臣を挟んでライバル心が燃えた。
 完璧な女でありたい、弱さもだらしなさも見せなくない。可愛げないと思われるかもしないが、そんなものは目の前にいる女に見せたくない。鷹臣だけにそっと見せればいいのだ。
「主人がお世話になりました。さぞかしご迷惑をおかけしたことでしょうね」
「迷惑だなんて思ったとありませんわ。気になさらないでください」
 表面上は穏やかな会話から始まった。
「一瀬さんからお話を伺いました」
 遥の手は止まることはなく、一連の流れるような所作でお茶を点てていた。
 シャシャシャ…と、茶筅を動かすたびに音がする。
 出された和三盆を取り、口に入れると途端に溶け広がる。甘すぎず、上品な味だ。
「凛の…、友人の実家にも連絡はなかったようです」
「そうでしょうね」
 まるで、全てがわかっているというような相槌で、二葉は内心むっとした。
 貴女がそんなだから鷹臣さんはいなくなるのよ。
 何も確信はなく、沸き起こった感情は遥のせいだと決め付けていた。
「どうぞ…」
 すっと茶碗を差し出された。
 二葉はどうしたらいいのかわからなかったが、聞くのは意地でも嫌だった。一瞬迷ったが、狼狽を押し殺した。
 手の届く範囲に茶碗は置かれていたので、腕を伸ばして両手で取り上げた。自分の前に持って来た茶碗を、二回ほど回して茶碗の正面を外す。
 一口で飲もうと思えば飲めなくもない量のお茶を、三回に分けて飲み干した。口の付けた茶碗の縁を指先で拭うと、今度は逆に回して茶碗の正面を戻した。そして、そのまま置かれた位置に置き返した。
 視線を上げた二葉には、くすっと笑ったような表情をした遥が写った。
 何かどんでもない間違いをしたのだろうか。
 不安になったが、それは相手が遥だからだ。鷹臣を挟んで反対の位置にいる相成れない関係だから、ちょっとしたことでも気にかかってしまう。
「もう一服いかがですか?」
 遥は手順通りに取り込んだ茶碗を濯いでから、二葉に聞いてきた。
「いいえ、結構です」
「お仕舞いに致します」
 にこやかな遥の表情を、二葉は勘繰ってしまう。
 何よ、何がおかしいのよ。
 知らないのだから仕方ないじゃない!
 作法を知らない二葉には、何がどう間違っているのか、もちろんわからない。
 意地でも、何でもないような澄ました顔でいてやると、開き直りにも似た思いで、羞恥心諸々を押さえ込んだ。
「鷹臣さんと…、鷹臣さんの女性の友人は、把握なさっているのですか?」
 二葉を流し見ただけで、遥の所作に変化は見られなかった。
 女性の友人が男女関係の仲だと、愛人を指していることに気づきながらも、動揺する様子はない。そのことを質問した二葉を避難することもなく、肯定も否定もしないで遥は淡々としていた。
 この人は鷹臣さんをどう思っているのだろう。
 鷹臣さんはどうしてこの人を選んだのだろう。
 二葉の目には、得体のしれない女にしか見えなかった。


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by 1000megumi | 2005-04-07 16:42 | 小説 失踪(完結)