オリジナル小説&エッセイ


by 1000megumi
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桜幻 9

 「お待たせしました、桜城さま」
 陸海グループの本拠地、陸海ビル。受付譲とそこを通る社員たちの好奇心と不審そうな視線の中、ロビーに活けてあった花を見ていた春乃は、秘書といった感じの男に声をかけられた。
 その男は三十代前半くらいで、ダークグレイのスーツが似合っていた。
 ハンサムだけど蘭丸には劣る。
 目がいいな。出来るヤツ、切れ者の目だな。身長もあるし、デブじゃないし、なかなかいいね。
 ざっと観察してから、春乃は出来るだけにこやかに挨拶した。
「はじめまして、桜城です」
「狭間と申します。どうぞこちらへ。ご案内致します」
 狭間は探るような目つきで春乃を嘗め回した後、愛想笑いをした。
 それに、にっこり笑って対応した春乃は、これは使えると思った。
 春乃は狭間の後ろにくっついて、エレベーターに乗り込む。
 仕掛けを作っておくのは悪くない。
 念のために、それが使えるように…。
 ドアが閉まると、微かな音と振動が二人だけの密室を支配する。
(さて、どのように仕掛けを作ろうかしら?)
 春乃は狭間に視線を注ぐ。
 冷たく、熱く、突き刺すような眼差し。
 ――狭間…、はざ…マ…、ハ…ザ……マ……
 ゆるり、と――狭間は振り返った。
 後ろにいた、春乃と目が合う。
 ――ハザマ…ハザマ、ワタシノ、コエニ、シタガエ…

 最上階の秘書室に入った。
 奥にある社長室と書かれたプレートのドアを狭間はノックし、返答が返ってきてからドアを開け春乃を中に通した。
 春乃が狭間に席を勧められソファーに座ると、すぐに女性社員がお茶を入れた。狭間はドアの近くに立ち、お茶を運んできた女性社員と一緒に社長室を退場。動きが自然で厭味がなく有能だなと、春乃は感心していた。
 さて、その有能な秘書を雇っている陸海社長は、読んできた書類をバサッと置くと、春乃の前のソファーに座り。
「陸海です。ご用件は何でしょうか?」
 事務的に言った。
(陸海は好奇心旺盛ね)
 陸海グループのトップとして春乃に接するならば、会わないほうがよかったのかもしれない。買い取った学校の一介の生徒に過ぎない少女などに、会う必要はどこにもないのだから。だけど、春乃は陸海の娘である。父親と名乗らなくても、親子であることは事実であり、陸海はその誘惑に負けたのだ。
 それは、陸海にとって小さな過ち。そして、それが、――否、違う。それも、小さな過ち。
 春乃に言わせれば、華櫻に手を出したことが、それが、大きな過ちにつながる第一歩の過ち。
 しかし、もしかすると、それも違うのかもしれない。春乃が桜城家で育ったこと。三代目に跡継ぎとして教育されたこと。春菜が春乃を産んだこと。陸海が春菜とその赤ちゃんを奪わなかったこと。陸海が春菜を孕ませたこと。陸海が春菜の家族に認められなかったこと。陸海は春菜と恋人同士になったこと。陸海が春菜と出会ったこと。それらがすべて過ちなのかもしれない。
 春乃は陸海のことを調べてある程度は知っていたが、それに対して陸海は春乃のことは何も知らなかった。春乃は理事長の娘という立場であって、だからここに来たのだと陸海は思っていた。陸海と春菜の関係など春乃は知らない。目の前にいる男が自分の父親とは知らなく、ただ、華櫻のことで苦情の一つでも言いに来たのだと思っていた。
 だが、春乃の見透かすような目。その年齢のわりには幼い顔立ちに、年齢のわりには大人の目。その目で見られると、全てを知っているのではないかと思ってしまうほど、ものの見事に裏切っていた。
(春菜に瓜二つだというのに、その目だけ春菜とは違う。その目は私と同じ。私の娘だ)
 冷たくて、計算高く、目的のためには手段を選ばない、目。
 私に似ていなくていいところを受け継いだのかもしれない。
 陸海には苦笑が漏れる思いだった。
 一方、春乃は。
(私の医学上の父だけあって、いい男よねぇ)
 オリーブ色のスーツを粋に着こなす、四十前後の渋めのおじさま。目尻に少しシワがあって、それがキツそうな目を和らげている。
(あれ? 髪質が似ているかな?)
 春乃は完全に母親似。瓜二つ。ただ、髪の毛は、母親の春菜はふわふわのくせっ毛で、春乃はサラサラのストレート。春乃の医学上の父・陸海は、サラサラの髪だ。


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by 1000megumi | 2005-07-17 20:01 | 小説 桜幻(完結)